
今までこれほど異常な人間と出会ったことは無かった
私は元人間だ
嘗て人だったが・・・・あることをきっかけに物の怪へと姿を変えた
物の怪へと変じた理由は覚えていないが、人に対する怒りと憎しみは覚えている
それ故私は多くの人を殺し食らってきた
皆、恐怖の表情を浮かべ泣き叫びながら私の胃の中に消えていった
今回もそれに変わりはない・・・・・そう思っていた
どういうわけか深い山の中に迷い込んだこの娘・・・
痩せていたが若い娘だ、さぞ旨かろう…そう思い私は彼女に襲い掛かった
「今からお前を犯し、食らう・・・恨むなら人として生まれた己を恨め」
私の言葉に娘は一瞬・・・・息をのむ
よく見るとこの娘・・・・何者だ?
体はやせ細り、傷だらけ・・・履物も履かずなぜこのような山奥に・・・
だが食らうことに変わりはない
私が長い体をくねらせてにじり寄る
だが・・・・娘の口から出た言葉は予想外の物だった
「はい・・・・どうぞお召し上がりください・・・少し臭いかもしれませんが・・・」
そして自ら衣服を脱ぎ棄て裸体を晒したのだ
娘の言うように体からは垢の匂いが漂っており
陰部からは痴垢の匂いが漂っていた
或いは100年ほど前ならこのような娘もいただろうが・・・
それにしても不可解だ
普通なら食われると分かれば怯え逃げ出すのが当然だというのに・・・
不可解ではあるが・・・娘も人である以上食らうことに変わりはない
そうして私は娘を犯し蹂躙したうえで生きたまま飲み込んだ
その間も娘は怯えることも叫ぶこともなくただただ私にされるままであった
体を丸めた娘が喉を通り胃の中へと堕ちる
やがてその体は溶けて私の糧となるだろう・・・・・そう思っていた
だが・・・
違和感を感じた
この娘・・・・死人か・・・?
何故もっと早く気が付かなかったのか
その体からは肉体が持つ重さを感じることは無かった
何故だ・・・
体から漂う臭い、胎内の温かさ
響く水音、飲み下したときののど越し・・・・胃の腑に落ちる感覚
全てがあったというのに・・・・
この娘・・・・何者だ・・・?
やがて娘の消化が始まったのか胃の腑からゴポゴポという水音が響き始める
同時に娘の記憶が流れ込んでくる
人を食らうとその魂に刻まれた記憶を見ることが出来る
それが人を食らうことの楽しみでもある
娘の記憶は悲惨そのものだった
実の親に犯され蹂躙され、最後は命を奪われた
私が生まれた時代は、子供がまともな扱いをされないことは珍しくはなかった
身売りをされ、口減らしのため殺されることもあった・・・
だがそれでもここまで自分の子に悪意を向ける人間は居なかった・・
私は腸が煮えたぎるほどの怒りを覚えた
「許してくれ・・・・許してくれ・・・」
「どうして・・・お母さま・・・」
焼け落ちる祠
獣の焼ける臭い
娘たちの悲鳴・・・・
「なぜ・・・・あの方は村を守るため神はいたはず・・・娘は・・・そのために捧げられたのではないのですか?」
「神はいないからこそ・・・・意味がある」
「そんな・・・」
水は干からび、作物は枯れる
疫病が流行り人は死ぬ
みんなみんなみんなみんな
死んでいく
私も死んだ・・・
娘を奪い、神を焼き殺した同胞を恨みながら・・・
何故・・・・この娘を食らったことで思い出したのだろう・・・
遠い昔に消したはずの記憶・・・
気が付けば私は娘を吐き出していた
死人となり肉体を失ったはずの娘の体は強烈な胃液でも溶けていなかったが
魂を蕩かされたため既に消えかけていた
私は酷く・・・・自分に嫌悪感を覚えた
人を食らうことへの嫌悪感ではない
この娘を食らうことへの嫌悪感・・・
そして・・・とてつもなく自分が惨めになった
さっきまで食べ物としか思っていなかったこの娘がひどく・・愛おしい
その時の感情は今でも覚えている
いつの間にか…私はこの娘を本当の娘のように扱い暮らすようになっていた
食べ物を与え、衣服を与え、物の怪として様々な知識を与えた
もしあの時娘を食らい消化していれば・・・・
今の私は無いだろう・・・
あの娘が神となり国を作り・・・太平の世を作るとは思わなかった
暖かい日差しの中私は長い体を横たえ眠りにつく
運命の奇妙さを考えながら・・・・