私は少しイライラしていた
ごく最近まではそんなことは無かったのに・・・
そしてイライラしながらもその原因がやってくるのをどこかで楽しみにしている自分に複雑な心境だった
私はいつの間にか入れてしまった二杯分のお茶を見てため息をついた
その原因は・・・・数か月前・・・
「狐白!狐白!」
私はいつの間にかいなくなってしまった娘の名前を呼びながら必死に探していた
もし、私に恨みを持つ人間につかまっていたら・・・・
最悪の光景が脳裏に浮かぶ
さっきまで遊んでいたのに・・・いったいどこに・・・
あの子は私にとって全てだ・・・・あの子のためなら私はなんだってする
その為に私は生きてきた・・・
「あの・・・・この子貴女の娘さんですか?」
その時、彼女が現れた
黒い和服に身を包んだロングヘアの娘・・・
その女が私の大切な娘、狐白を連れてきたのだ・・
こいつか・・・・
こいつが私の娘を誘拐したに違いない
頭で何かを考えるより先に手が動いていた
私は怒りに任せて女に襲い掛かると喉笛に噛みついた
悲鳴を上げる暇もなく女は絶命した・・・・・・はずだった
しかし、私の想像とは裏腹に女は全く動かずにその場に立っていた
!!!?
私は驚愕した
今まで数多の人間や妖を食い殺してきた
仲には抵抗する者も沢山いた、そしてそのたびに私も血を流した
それでも最後には必ず相手を殺してきた
それなのに・・・
「あんた・・・・なんなのよ!!」
私はそう叫びながら再び女に襲い掛かる
殴りつけ食いちぎり引き裂いた
着ていた服を破り心臓を貫いた・・・・・はずなのに・・・・
女は無言で立っていた
「何なのよ!!何なのよ!!どうして!どうして!どうして!」
それでも私は何度も女に襲い掛かる
「ふう・・・・・・気は済んだかしら・・・?」
女がため息交じりにそういった
既に服はボロボロで形をとどめていない、それなのに彼女は一切動じていない
「ひっ・・・・・・」
私に久しく忘れていた感情がよみがえる・・・・それは恐怖だった
「一体あなたは・・・・何をしたいの?」
その言葉に私の中で何かがはじける
何もかも忘れて振り払うかのように怒りがこみ上げる
「あ・・・あんたに何が分かる!?村を仲間を、命を・・・お前たち人間に奪われた私の気持ちが!大切なものを奪われて牙をむいて何が悪い!?血に染まって何が悪い!?
大切なものを守るために殺して何が悪い!?
殺さねばまた奪われるだろうが!
お前たちは鬼だ!その鬼に与する輩もすべて敵だ!
全部引き裂いてやる!」
私は怒りに任せていた、だけどその目からは涙が流れていた
なぜかは分からない・・・・だけどたまらなく悔しくて惨めだった
何度も何度も女を殴りつける
パシッ・・・
その拳を女が受け止める
いとも簡単に・・・
私は牙をむき出しにして力任せに拳を押し込む
びくともしない
「何なのよ・・・・あなた・・・・なんなのよ・・・・」
私は力なく崩れ落ちる
そんな私に女は静かに言った
「ねえ・・・・貴女が守ろうとしているのは・・・・いったい何?」
女に言われて私は気が付いた、私の行いを震えながら・・・・そして耳をふさいで蹲って必死に耐える娘の姿を
「あ・・・・・・・・・」
私は思わず愛娘、狐白に手を差し出す
「ひっ・・・・・・」
狐白はおびえた目で私を見ていた
その目は・・・・・・
あの日見た・・・・
「やめて・・・・助けて・・・」
懇願する子供を撃ち殺す人間
「やめて・・・この子だけは助けてください・・・」
泣きすがる母親を子供とともに殺す
「たすけてえええええええ」
「シニタクナイ」
「痛い・・・・痛い・・・」
「どうして・・・・・」
「逃げろ!」
悲鳴、怒号、怨嗟の声
それらを塗りつぶす笑い声・・・そして銃声・・・
そして・・・・
自分の目の前でおびえた目をして自分に助けを求めてきた子供・・・
私は助けることはできなかった・・・・
あの時目の前であの子は殺された
おびえた目・・・・助けを求める目
「お前は生きろ・・・・」
あの人は最後にそういった
だけど私は殺された・・・・
無残にいたぶられた後に鉛球を打ち込まれて・・・
だけど私は・・・・この世に舞い戻った
無念と怨嗟を一身に背負って
そんな私にも守るべきものがある・・・・それを知ってから私は必死だった
二度と奪われないために・・・・
立ちふさがる者はすべて噛み裂いてきた
それなのに
なぜ・・・・
「あなた・・・・・その顔を鏡で見て見なさい・・」
女が差し出した鏡には・・・・鬼が写っていた
牙をむき出しにして髪を振り乱した獣の鬼が・・・・
「これが・・・・私・・・・?」
呆然とする、今まで必死になってきた結果がこれだというのか・・・・
涙が流れる
血の色をした涙が
「あなたは・・・・自分の娘を守るためといいながらその娘に一切気が付いていなかった・・・自分の正義をこの子のせいにしてごまかしていただけ」
その言葉が胸をえぐる
分かっている・・・・本当は分かっている
この子のためといいながら私はただ憎しみのはけ口のために命を奪ってきた
そんなことはとっくに分かっていた・・・
だけどこの怒りは・・・憎しみはどうしたらいい?
誰にぶつければいい?
いくら殺しても、血を浴びても癒えないこの渇きはどうすればいい・・・?
女が手を差し伸べる
憎い・・・憎い・・・・ニクイ・・・ニクイ・・・
気が付いたとき
私は女に再び襲い掛かっていた
その姿は既に原型をとどめて居ない
咆哮とともに襲い掛かる
「ごめんね・・・・お母さん少し危ないみたい・・・・傷つけちゃうけどごめんね」
女がそういって手を空中にかざす
虚空から現れた一振りの刀を手に取る女
その瞬間黒かった髪は白く染まり霊力がまとわりつき紫の光を放つ
頭から生えた耳と後ろに生えた尻尾が揺れる
!!?
女が刀を振ると同時にまばゆい光が私を吹き飛ばしていた・・・
「う・・・・」
目が覚めると狐白と女が私を心配そうにのぞき込んでいた
「・・・・・・・楽しいかい?こうやって鬼に身を落として荒れ狂った挙句にすべてを失った私を見るのは?」
憎々しげに皮肉を口にする私に女は笑う
「ええ・・・楽しいわよ?そうやって娘をなでる普通のお母さんの姿はね?」
無意識に私は狐白の頭をなでていた
「この子は私の世界に迷い込んできただけ・・・・別に誘拐も神隠しもしてないわ」
女の言葉に私はため息をついた
「今それを言う?分かっているわよそんなこと・・・・」
「この子ね・・・・貴女の所に送ってあげるって言ったら泣きながら止めるのよ?
行っちゃダメ殺されちゃうってさ・・・・ほんとにいい子ね・・・」
殺される・・・・か・・・
確かにそうだ私は今までここに近づくものは皆殺してきた・・・
それがこの子のためと自分をごまかしながら
本当はただ恨みを晴らしたいだけなのに・・・・その理由に娘を利用していたのだ・・
「私は・・・・貴女の気持ちは分からない、大切な物も人も最初から持ってなかったから・・・
だけどこの子の気持ちは分かる・・・・ただあなたに優しいおかあさんでいてほしい・・・ただそれだけの気持ちは・・・ね」
そう言った女の顔は少し寂しげだった
「私は子供が理不尽な目に会わせる親を地獄へ誘う怪異・・・だから貴女がこの子に優しさを向けない限り一切干渉はできない・・・・」
聞いたことがある・・・・人間から怪異となった存在を・・・そしてその怪異が引きずり込むのは子供を虐めた親・・・
「私を殺す・・・?」
もしそうだとしてもかまわない・・・・この人なら娘を守ってくれる・・・
女は首を振った
「あなたはもう大丈夫でしょ・・・?それにあなたを殺したらこの子を誰が守るの?」
女が狐白の方を向く
「これからはいい母親として・・・この子を守ってあげるのよ?」
女はそういって踵を返す
「あなた・・・・名前は?」
私は思わず尋ねていた
人に名前を尋ねるのは・・・・いつ以来だろうか・・・・
「雛雪・・・・よ・・・・あ~あ・・・お気に入りの服がボロボロ・・・・」
名前を名乗るりながらため息をつく女・・・・雛雪
確かに私の攻撃で服は破れもはや布切れになっている
「・・・・・・お詫びと言っちゃなんだけど・・・・服くらいは繕うわよ・・・」
自分でも驚いている・・・・こんな言葉を人に言う日が再び来るなんて・・・
「ありがとう、この服お気に入りだったから助かるわ」
そういって雛雪は笑った・・・
その日以来・・・・
雛雪はたまに私の家に遊びに来るようになった
正直な話、今でも人間は嫌いだし憎い
何度かここにも人間や私を狙う妖も現れた
その時の対応は今までとは変わらない
だけど、少なくとも問答無用に殺すことは控えようと思う
あの子にあんな目をさせないためにも・・・
「夜月さ・・・・相変わらず面倒くさい性格してるよね・・・」
雛雪がお茶を飲みながら言った
「ほっといて・・・私だって昔はもっと優しかったのよ・・・」
ぶっきらぼうに返す私だったが・・・・今までよりも少し笑顔になれた気がする・・・