私は何のために生きているのだろう?
降りしきる雨模様の空を見ながらふとそんなことを考える
チリン・・・・
小さな鈴の音が響く
私は人間ではない・・・・・
いや・・・・勿論分類的には人間であることに間違いはない
だが、生まれついて病気という死の呪いに蝕まれ
純白の見た目と深紅の瞳は親にはさぞ不気味に見えたことだろう
あるいは、生まれた時代が違っていたら私は山に捨てられて自然の還っていたことだろう
だが何の因果か・・・私は現代に生を受けてしまった
私は死ぬことなく生きることはできた
だが・・・その扱いは人間ではなかった
毎日両親の暴力にさらされ、食事も排泄も・・・自由にはできなかった
6つの時父親に操を奪われた
それから毎日父親の慰み者となり、母親からの暴力は勢いを増した
そんな地獄も・・・私は何とも思わなかった
それが人間の欠陥なのかそれとも優れていることなのか・・・それは分からない
どんな地獄も人は慣れてしまう
地獄にいることだけが自分の存在意義となっていく・・・
今となっては笑える話だ
そんな地獄から私を連れ出してくれたのは・・・姉だった
姉は独り立ちをすると同時に、家を捨て私を地獄から引きずり出した
あの時の両親の顔が忘れられない
必死に引き留めるその理由は私や姉のためじゃない
家柄と自分の名誉のため
醜い叫びをあげて引き止める地獄の亡者を振り切る姉の姿は輝いて見えた・・
私は姉と二人・・・自由を手にした・・・・
だが・・・
時の流れは残酷だった
満足な治療を受けることもできず悪戯に流れた時間は、私の体を既に手の施しようのないほどに蝕んでいた
ほどなくして私は声を、足を奪われた
自由を手にしたはずなのに私は病院のベッドの上で過ごすことを余儀なくされた・・・
自分はもうすぐ死ぬ・・・
それは妄想でも何でもなくただ現実として私の方に向いている
ため息が出る
何のために生きてきたのか・・・・何のための命なのか・・・
なぜ生まれたのか・・・
そんな疑問は尽きぬまま
私は静かに目を閉じた・・・
気が付くと私は一面銀色の世界にいた
足元の草も、遠くに見える樹木も美しく不思議な光を放っていた
ここは・・・あの世だろうか・・・それとも夢だろうか
ふと目を上げると目の前に大きな獣が姿を現していた
その澄んだ瞳は私の顔をじっと見つめている
その獣が人知の及ぶ存在ではないことは一目でわかる
ああ・・・これはあれだ・・・この獣は私の命を奪いに来た存在だ・・・
私は自分が驚くほど冷静にその神々しい獣を見つめる
だったら早く私を連れて行ってほしい
私はじっと見つめる獣の方に歩み寄る
「すまない・・・」
それは完全に不意打ちだった
まさか獣が人の言葉を話すとは思わなかったし・・・何より謝罪されるとは思わなかった
「貴方は・・・・・」
不思議な世界だからだろうか・・・私の口から久しく失われていた声が発せられる
「私がうかつだった・・・・お前には苦労を掛けた・・」
獣はゆっくり話始めた
私が年頃になると神の元へと嫁ぐ娘であるという事
目の前の獣がその神であるという事
神の花嫁は証として白髪赤目になるということ・・・
そして・・・寿命が短いという宿命にあるという事・・・・
「うかつだったのだ・・・・・私が知る人間は・・お前の血に連なる者たちは・・神の証を見て尊敬こそあれ疎ましく思うなどなかったのだ・・・・これほどまで神が忘れられた存在になっているなど思わなかったのだ・・・」
獣・・・・いや獣神様は悔しそうに涙を流す
「結果として私はお前の寿命だけでなく人間としての生活も与えることができなかった・・・」
涙を流す獣神様と裏腹に私の心は驚くほど冷静で済み切っていた
だって・・・・例え原因がそうだとしても私を地獄に落としたのは・・・両親なのだから・・・
神様を責めるのはお門違いだから・・・
「今度こそ・・・・お前を人として幸せにしてやりたい・・・招いておいて勝手な話だがお前にはまだ人として幸せになる権利が残っている・・今度は私も人としてお前を幸せにすると約束しよう・・・・選んでくれ私の世界に来るか・・・私をお前の世界に連れて行くか・・・」
チリン・・・・・・・
小さな鈴が鳴る・・・
風が・・・吹く・・・
話し終えると巫女は一つ静かな息を吐いた
チリン・・・・
頭につけた鈴が鳴る
いつの間にか雨は上がり雲間から差し込む光が彼女の顔に影を作った
この神社には伝説がある
白銀色に輝く狐が時折姿を見せるという伝説が・・・
伝説の審議を確かめに足を運んだ私は運悪くにわか雨に遭遇し境内で雨宿りをさせてもらっていた
その時偶然居合わせた神社の巫女が今の話をしてくれたのだ
不思議な話だ・・・・
最後彼女がどう答えたのか・・・・巫女は教えてはくれなかった
いつの間にか日は傾き雨上がりの石畳に夕日が反射しキラキラと輝く
長い階段を降りて車へと向かう
チリン・・・・
鈴が鳴る
さっきの巫女かと振り返ると・・・・
白銀色に輝く二頭の狐が石階段を駆け上がっていく姿が見えた
その姿は仲睦まじく・・・私は追いかけることも忘れてその姿を見送った・・・・
きっと二人は幸せなのだろう・・・・きっと・・・