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「なぜ・・・・・・・」

熱い・・・・炎が体を焼いていく

肉の焼ける異臭と鱗を焦がす煙の臭い・・・

泣き叫ぶ娘の声と、大声で叫ぶ男の声・・・・・

私は‥‥無力だ・・・

 

「またか・・・・」

私は目の前の光景にため息をついた

目の前で震えているのは若い娘

甘い香りがする白い絹服を纏い私の住処の前に連れてこられた

生贄・・・・年に何度か村人が私に捧げものとして娘を連れて来る

しかし残念なことに私は人を食うことはない

そんなことをするくらいなら山で獲物を狩る方がよほど腹が膨れる

捧げられた娘を村に返すことも考えたが・・・・生贄に捧げられた娘が村に居場所があるとは到底思えなかった

故に私は娘たちを匿うことにしている

既に私の住処には目の前の娘を含めて10人の娘が住んでいる

「私は・・・・あなた様の供物として・・・この身を捧げに参りました・・・」

精一杯の作り笑顔は引きつり今にも泣きそうな娘は見ていて痛々しい

紅色の目には涙をたたえ、本当なら悲鳴を上げてこの場から逃げ出したいということが伝わってくる

「ついてくるがよい・・・」

私は娘にそう告げると住処の奥へと進む

いよいよ食われると思った娘は小さく声をあげると縮み上がる

しかし、必死に気持ちを奮い立たせると私の後ろをついてきた

娘がその後、死んだと思っていた友人たちと再会し涙を流して喜んでいたのを今でも覚えている

彼女たちとの生活は私としても悪いものではなかった・・・・

だが一つ問題がある

何しろ人間の娘を10人も匿っているのだ

徐々に生活が困難になることは判り切っていた

どうにかしなければまた生贄の娘が連れてこられることになる

私としても人は人の村で過ごしてほしいし、年頃の娘がこのような山の穴倉で一生を終えるのを見たくはなかった

しかし、私が直接断りに行くには私の姿は恐ろしすぎたのだ

「私が神の使いとして村に貴方様の言葉を伝えに行きましょう」

悩んでいると一人の娘が私にそういった

10人目に連れてこられた「双葉」という娘はとりわけ優しく気立てのいい娘だった

他の娘と仲もよく誰にでも好かれる・・・そんな娘だった

私も彼女が好きだった

少し心配ではあったが・・・・私は彼女に任せることにした

彼女の言葉ならあるいは娘たちを人の世界へ帰すことができるかもしれない・・・・そう思ったのだ・・・

しかし・・・・・それは間違いだった・・・

村から帰って来た双葉は酷い状態だった

着物はボロボロに引き裂かれ体のいたるところから血を流していた

顔には痣ができ、左の目は既に見えなくなっていた

そんな状態で私の元に帰って来たのだ・・・・・

「申し訳・・・・・ありません・・・・村の物は聞く耳を持たず・・・」

息も絶え絶えの双葉は言葉を紡ぎ出す

「もういい・・・・もう・・・・喋るな・・・」

もし私が涙を流すことができる体であれば・・・・大粒の涙を流していただろう

しかし、私には涙を流すことはできなかった・・・

最後に双葉はここに来た時に見せた精一杯の作り笑いをして・・・・・・死んだ

「なぜだ・・・・・・なぜ・・・」

私の体は震えていた・・・・どれだけ後悔しても後悔しきれない

あの時私が双葉を使いになど出さなければ・・・・・・・

私は双葉を埋葬するとその場で天を仰いだ・・・・・

 

同時刻・・・・

「私は見た!あの穴倉には本当に化け物がいた!」

村長の家に男衆が集まって会合をしていた

神への生贄‥‥そんなのはただの建前だ

ここにいる誰もが神など信じていなかった

単に口減らしのために力仕事ができない娘を山に放置していた・・・

着物に獣を呼び寄せる香を付けて送り出すから・・・一刻もたたずに獣に食い殺される・・・そう思っていた

だが、予想外のことが起きた

生贄に捧げられた娘が戻って来たのだ

それも神とやらの伝言をもって・・・・

確かめた男たちによれば太ももの内側に彼女にあった特徴的な痣があったという

つまり・・・娘は本人ということが確定したのだ

「困ったことになった・・・」

村長が口を開く

彼女が無事に帰って来た・・・・・つまり・・・

生贄に捧げられた娘を密かに匿っている何者かがいるという事

そしてそれが…本当に神とやらであれば・・・いずれこの村に災いをもたらすかもしれない

神と名乗る得体のしれないナニカ・・・

それは「存在しない」から意味があったのだ

「この村の近くに化け物が住んでいるのを見過ごすわけにはいかない!」

男衆が声をあげる

勝手なことだ・・・・

今までその神とやらを利用して来たというのに・・・・

数日後

男衆は山に住む「化け物」を討伐するために集まった

手には武器を

そして火をつける道具をもって・・・・

やがて、化け物の住処に火を放つ

燃え盛る社・・・

その奥から肉の焼ける異臭

鱗が焼けてはじける音と若い女の悲鳴が聞こえる

「なぜ・・・・・」

闇の底から響くような重い声が響く

そして・・・・・

社は焼け落ちた・・・

男衆が穴倉の奥に足を進める

そこには9人の焼けた娘の亡骸を守るようにとぐろを巻いた大きな蛇が焼け死んでいた・・・・

その亡骸を男衆は自分たちの手柄だと我先に引き裂く

鱗を剥ぎ、牙を抜く

彼らが去った後

そこには無残な姿になった蛇の躯と娘の亡骸が残されるのみだった・・・・・

 

私は・・・死んだのか・・・・

守って来た村に・・・人間に裏切られて・・・・

あの時私の力をもってすれば人間を蹴散らすことも出来た

だが・・・それをすれば娘たちを炎にさらすことになる

だから耐えるしかなかった

しかし・・・・結局私は誰も守れなかった・・・

神である私はこの程度で死ぬことはない

悠久の時を経ればこの肉体も再生するだろう

だが・・・・

その時・・・10の光が蛍のように私の元へと飛来した

それが死んだ娘たちの魂であると一目でわかった

「すまない・・・・」

私は謝るしかなかった、この光の行く末を見届けた後・・・私はここを離れよう・・・

だがせめて・・・この子たちの魂に安寧を

無力な私を許してくれ・・・

「蛇様・・・・抜け駆けしようとしてません??」

突然一つの光が言葉を発した

「そうですよ!一人で諸国漫遊するつもりですか??」

「私たちも連れて行ってくださいよ~」

次々に光が言葉を発する

肉体は無くても彼女たちは変わらず姦しい

だが・・・

「お前たちは一緒に行けない・・・私はいずれ蘇るがお前たちは死者だ・・・」

残酷ともいえる言葉を彼女たちにかける

正直そういう自分に泣きそうになる

「だったら・・・・私たちを蛇様の一部にしてくださいよ~」

光の一人がとんでもないことを言う

「つまり・・・・私たちを食べてください~」

どうやら聞き間違えではないようだ

「待て・・・・お前たち何を言ってるか分かっているのか?」

確かにそれは可能だ

娘たちの魂を食らうことで私の魂と融合すれば彼女たちと一緒に居ることはできる

だがそれは娘たちを永遠に私の中に閉じ込めるということだ
転生することも極楽へ行くことも出来ず悠久の時を過ごすこととなる

「勿論分かっています、知識をくれたのは蛇様ですから・・・・だけどそれを理解したうえで皆そう言ってるんです」

凛とした言葉で光の一人が言う

「転生しても・・・・・・ねぇ・・・」

「何になるか分からないんでしょ?」

「人間になるか分からないし…・鶏なんかになるかもしれないんでしょ??」

「助兵衛な男に転生しちゃったり???無理無理無理無理!!絶対嫌!」

光が口々に騒ぐ

「それなら蛇様・・・美人だし賢いし・・・なんかかわいいし・・・そっちの方がいいよねぇ?」

「私たちも世界中観てみたいし・・・・それなら蛇様の中で一緒に見たい・・・」

「蛇様、私たちがいないとダメ人間・・・もといダメ蛇だしねぇ・・・」

「最後のは余計じゃ・・・」

ここまで言われて私も腹をくくる

その日・・・・・私は初めて人を食った

やはり人など食うものではない・・・・

しょっぱいし・・・なんだか目がかすむ・・・

何故だ・・・・・

何故こんなに悲しいのだ・・・・

私は涙など流せぬはずなのに・・・・

ある月が明るい夜

焼け落ちた穴倉の社から白い着物を纏った一人の娘が旅に出た

不知火と名乗るその娘が嘗て村を守る神であったことは知る由もない
​だが守り神を失ったその村がどのような末路をたどったのか・・・・それは言うまでもないだろう

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