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「お母さん!!!この子を助けて!!」
その日、娘が私に泣きながら縋って来た
「どうしたの??」
そのただならぬ様子に私は少し驚いたが・・・娘が小さな背中に背負って連れてきた子供を見て私は凍り付く
着ている着物はズタズタで、体のいたるところに深い傷を負っている少女
背負った娘の背中は少女の流した血で赤く染まっている
「すぐに不知火を呼んで!」
私は何事かと家の奥から顔をのぞかせた妻のクヌギに言った
「分かった!」
賢い彼女は、すぐに状況を理解したのか不知火を呼びに出て行った
クヌギが戻ってくるまでに私はぐったりとした少女の応急措置を始める
しかし、その傷は深く簡単に止血すらできない
どんどんと少女から命の力が流れ出る
このままでは不知火が来るまでに・・・・・
「っ・・」
私は一つの賭けに出ることにした・・・
失敗すれば・・・
私は一つの霊術を発動した・・・・
それから暫くして・・・・
「連れてきたよ!!」
クヌギが医療に詳しい蛇神・・・不知火を連れて戻って来た
「うぬう・・・・これはかなり手ひどい傷じゃの・・・・」
不知火は横たわる少女を見て難しい顔で唸る
直ぐに治療を始めた不知火はその傷を見て再び驚く
「傷が・・・凍り付いておる・・・」
それは私が傷口をふさぐために一時的に凍らせたものだった
失敗すれば悪化することは理解していたが・・・
「おかげで傷はどうにかなりそうじゃ・・・・さすが紫白の姫じゃな」
どうやら・・・・上手くできたようだ・・・
それからしばらくして・・・
「どうにか・・・手当は出来た・・・正直この状態で生き残ってるのが奇跡・・・じゃな」
布団に横になった少女の顔には生気が戻り呼吸も安定していた
「お母さん・・・・・」
今までずっと泣いていた娘はその様子を見て安心したようだ・・・
そして・・・再びその目から涙が零れ落ちる
「よかったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
再び大泣きする娘の頭を撫でながら、彼女が落ち着くのを待った
やがて・・・
彼女が落ち着いたころに事情を尋ねることにした・・・
倒れていた少女の名前は・・・翼
娘の友人で彼女の家にも時々遊びに行く仲だったという・・・
そして、今日森で薬草を採集していた娘は血まみれの友人を見つけたという・・・
その様子から瀕死だということは一目でわかった娘は彼女を背負い家に連れてきたというのだ・・・
「・・・・・クヌギちゃんこの子の様子見ておいてくれる?」
私は嫌な予感がして、寝ている少女をクヌギに任せると現場に向かうことにした
「お母さん!私も行く!」
ついてこようとする娘だったが、私は首を横に振る
「この子が目覚めた時見知った顔がある方が安心するでしょ?あなたはこの子についていてあげて」
私のその言葉に娘は少し複雑そうな表情でうなずいた
恐らく・・・・彼女も何があったのか大まかに察したのだろう・・・

「じゃあ・・・行って来るわね」
国の結界を越え森に入る
娘が薬草の採集ができるのはそこまで森の奥ではない
点々と落ちている血痕をたどるとその現場はすぐに見つけることができた
恐らく少女・・・翼が倒れていたであろう場所には血だまりができており、その痛々しさをありありと物語っていた
そして・・・・
その血だまりから少し離れた場所で
一組の男女の亡骸が横たわっていた
夫婦・・・おそらく翼の両親であろう
娘を逃がし抵抗したのかその手には申し訳程度の短刀が握られていた
「あなた方の想いは・・・・私が受け取りました・・・・安心してお眠りなさい・・・」
私は亡骸に手を合わせ、そっと瞼を閉じさせた・・・
この傷が魔獣の物ではないことは明らかだ
間違いなく・・・盗賊か犯罪者の襲撃にあったのだろう・・・
さぞ無念だったはずだ
いかに法があろうと罰があろうと・・・それをすり抜ける輩は必ず現れる
そして、奴らは己の利益のために弱者から幸せを奪う
私の中に怒りがこみ上げる
しかし、襲撃者が既に去った後だ・・・今やみくもに相手を追いかけるのは愚策であるという事も理解できる
だから私は、翼の両親を弔うために彼女たちを連れて国へと帰ることにした
「神子様・・・・・・この方は・・・?」
亡骸を預けた部下の巫女が私に尋ねてきた
「私の・・・友人よ・・・・丁重に弔ってほしい・・・」
私の答えに巫女は神妙な表情で頷く
「お母さん・・・・」
私が帰ってきたことを知った娘が駆け寄ってきた
娘の話だとあの後、翼は目を覚ましたらしいが・・・・ショックが大きくてまたすぐに気を失ったという・・・
無理もない…目の前で親が惨殺されたのだから・・・
「私・・・・・・赦せない・・・・翼は大事な友達なの・・・その笑顔を奪った奴らを絶対に・・・・赦さない・・」
眼から流れる大粒の涙・・・そして悔しそうな表情が彼女の怒りを表していた
「大丈夫・・・・私が何とかするから・・・」
その言葉に巫女が驚く
「神子様直々に・・・ですか・・?こういうのもなんですが・・・九尾討伐隊に任せる方が・・」
その意見は尤もだ・・・盗賊程度に私が出張るなんて・・・・ばかげているかもしれない
だけど・・・・・これだけは許せなかった
幸せは・・・誰にでも等しくあるものではない
だからこそ、その幸せはかけがえのない物であり誰にも奪う権利は・・・無い
この親子は幸せな家族だった
それは両親の最後を見ればわかる
だからこそ・・・赦せないのだ
平和で温かい家族を無残に奪い取った奴らのことが・・・・
「お母さん・・・・私も・・・行く・・」
娘が私にそう訴える
今度こそは譲れない・・・そう目が語っていた
「分かった・・・行きましょう・・・ヒナギク」
私のその言葉に娘・・・ヒナギクが強くうなずいた
「神子様・・・・くれぐれもお気をつけて・・・」
巫女が複雑そうな表情で私に言った
その気を付けて・・・が私の身を案じているのかそれとも・・・
再び森に入ると直ぐに目的の人物を見つけることができた
親子で森にいるという事で向こうから襲撃して来たのだ
数は7人・・・皆ボロボロの服に刃こぼれした武器を持つみすぼらしい姿をしている
ただ一人・・・・リーダー格の男だけは身なりの整った服装をしている
恐らく・・・旅人から奪った金品でいい暮らしをしているのだろう・・・
彼らが翼の両親を殺したことは一目でわかった
彼女の両親が握っていた短刀の柄に描かれた複雑な文様と同じ文様の着物をリーダー格の男が纏っていたから・・・
「運が無かったなぁ・・・・あんたら、俺たちに見つかっちまうとはよ」
リーダー格の男が言った
にやけたその表情から下衆な考えの輩であることはすぐに分かる
周りの手下も同じようにゲラゲラ笑っている
女二人という事で殺す前に楽しむつもりなのだろう・・・・だが
「お前ら・・・取り押さえろ!まだ殺すなよ?」
リーダー格の男が指示を飛ばす
手下たちは武器を構え襲い掛かってくる
「ワレハナレガコトワリクンスイハナバソワカ・・・・・」
ヒナギクはその瞬間を今でも鮮烈に覚えている
母である雛雪の剣は今まで何度も見たことがあった
水に舞うその姿は美しく・・・・そして流れるような動きはまさに踊るようだった
だが・・・・今日の母は違う

呪文を唱え力を応現させた母の姿は・・・・普段とはまるで違う
その尻尾から立ち上がるのは・・・突き刺さすような冷気
揺らめく冷気が猛る炎のように尻尾を揺らめかせている
「この刃・・・一度抜けば万物悉くを凍てつかせ、時を止める氷刃なり・・・その魂・・・刹那と永遠の狭間を垣間見るがいい・・・」
抜き放った刃がたちまち氷に包まれてその形を変える
碧く輝く刀身は母と同じ冷気を纏う美しい姿をしていた
「親分・・・・・・・これはまずいですぜ・・・・」
さすがに一目でその恐ろしさに気が付いたのか盗賊の手下が後ずさる
「行け!」
だがリーダー格の男は無情にもそう指示を飛ばす
勿論、勝てないのは理解している・・・だからこそ彼らをおとりにして逃げる魂胆だったのだ・・・
しかし・・・
刹那一閃・・
その一瞬で周りの風景は一変していた
瞬きする間もなくそこには物言わぬ氷柱に閉じ込められ絶命した手下の姿があった
次の瞬間氷柱は砕け散り凍てついた手下の肢体が転がる
「!!!!?」
ここにきて彼は自分がとんでもない過ちをしたことに気が付いた
敵に回してはいけない相手であった・・・・と
「ひ・・・・・・・・・」
逃げろ
脳内で警告が鳴り響く
森に逃げ込めば地の利は自分にある・・・と
今は走れと
だが・・
「なん・・・・で・・だ」
彼はすぐに絶望した
なぜなら
目の前に分厚い氷の壁が聳えていたから・・・
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい」
その瞬間彼の中で何かが外れた
恥も外聞もない
ただ目の前にいる相手から必死に逃げようとしていた
数分前までそこにいた盗賊のリーダーはもうそこにはいない
そこにいたのは・・・氷神の逆鱗に触れた哀れな男だった
「た・・・・助けてくれ・・・なんでもする・・だから命だけは・・」
必死に命乞いをする男だったが・・・・
「使い古された言葉で恐縮ですが・・・・あなたはそう言って助けを求めた人を一度でも助けたことがありますか?」
雛雪はその紅の瞳で静かに言った
怒りも憎しみもない・・・凍てつくような視線
それは娘であるヒナギクも見たことのない姿だった
恐ろしくも・・・美しい
彼女は今まで母をこれほどまでに美しいと感じたことはなかった
「さて・・・・・・覚悟はいいですか・・・?」
雛雪の刀に冷気が集まる
ビキビキビキ・・・
足元からほとばしる冷気が男を包み込む
「やめてくれええええええええええ」
叫ぶ男の体をどんどんと氷が浸食する
「眠りなさい・・・」
雛雪が剣を一閃
バキイイイイイイイン
凄まじい勢いで氷の柱が地面から突き出し
大地を凍てつかせる
そして・・・
キィン・・
氷が砕ける音とともに
そこには絶望の表情をした男を封じ込めた氷の柱が出来上がっていた
そして・・・
一閃
雛雪が剣を振る
次の瞬間
氷は男ごと砕け散り消滅していた
やがて・・・粉となった氷と凍てついた血がまるで紅の雪のようにあたりに舞い散っていた・・・・・

その事件の後
翼は雛雪が引き取ることになり、両親は神社の大桜の根元に丁寧に葬られることとなった
体も心もボロボロの翼が立ち直り、雛雪の家族としてともに笑い、様々な経験をして過ごすようになるのは・・・・まだもう少し先の話・・・・

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